産業医が語る「ストレス=悪ではない」の真意

ストレスが低すぎる 『アンダーストレス』 も、心身に悪影響を 及ぼします 産業医・心療内科医 鈴木裕介

「ビジネスパーソンの約20%が、高ストレス者であることを自覚していないため、ある日突然休職するリスクを抱えている」
この一文を読んで、「ストレスが高い=悪」という印象を抱く人も少なくないのではないでしょうか。

しかし、東洋経済オンラインプレジデントオンラインなどでも、突然休職問題を問題提起し続ける、心療内科・産業医の鈴木裕介先生は「必ずしもストレス=悪ではなく、逆にストレスが少なすぎる状態も、心身に悪影響を与える」と語ります。
そこで、そもそもストレスとは何か?という点から、必ずしもストレス=悪ではないの真意を解説頂きました。

鈴木裕介(すずき・ゆうすけ)

内科医・心療内科医・産業医
2008年高知大学卒。2018年、「セーブポイント(安心の拠点)」をコンセプトとした秋葉原内科saveクリニックを開業。研修医時代の近親者の自死をきっかけに、ライフワークとしてメンタルヘルスに取り組み、産業医活動やSNSでの情報発信を積極的に行っている。
著書に『万年不調から抜けだす がんばらないご自愛』など。
東洋経済オンラインプレジデントオンラインなどでも、休むことの難しさやストレスに関するコラムを寄稿している。
twitter : @usksuzuki

そもそも「ストレス」とは何か?

まず、そもそもストレスとは何かということを少し説明します。
もともとは物理学の用語で、ストレス学の祖と言われるハンス・セリエが、物体に力が加えられたときに、ゆがみが生じるのと同じ現象が、人や動物にも起こるということを発見しました。
セリエによれば、ストレスとは「ストレス刺激(ストレッサー)」と「ストレス反応」の相互作用のことを意味します。つまり、ストレッサーという「力」を受けて、ストレス反応という「ゆがみ」が生じるわけです。
一般的に「ストレス」といえば「イヤな仕事」「イヤな上司」などを想像する方が多いかもしれませんが、それは「ストレッサー」という、あくまでもストレスの一側面であり、そのストレッサーという刺激を受けて私たちの身体や心に生じたさまざまな反応(ストレス反応)のほうにも目を向ける必要があるのです。

高ストレス者の57%がストレスを自覚できない理由

次に、そのストレッサーという刺激を受けると、人のカラダで何が行われるのか解説したいと思います。
人はストレスを感じると、そのストレス状態に対抗するために、アドレナリンやコルチゾールなどの抗ストレスホルモンと言われるものが出て、活動性をあげるために血圧を上げたり血糖値を上げたりして、その状況にがんばって対抗しようとします。
その期間は、ホルモンによってパフォーマンスが底上げされている状態のため、ストレスがかかっていると実感することが難しいんです。
人間はストレスを頭で考えようとしますが、頭で考えていることと体が感じていることには、実はものすごく乖離があって、得てして体のほうが鋭敏であるということが多いんです。

ストレス反応の3相期の変化

これが『約20%の「大丈夫」と言い続けた社内キーパーソンが、突然休職する真相』でも語った、人がストレス過多を自覚しづらい理由の1つで、高ストレス者の57%は、自身の高ストレスを自覚していないという調査結果も発表されています。

高ストレス者の本人の自覚率

アドレナリン=諸悪の根源ではない

このように書くと、アドレナリンやコルチゾールは、身体をストレス状態にさせる諸悪の根源のような印象をもたれるかもしれませんが、それぞれ人に必要不可欠な働きをしています。
アドレナリンは心拍や血圧を上げて、神経を興奮状態にさせる伝達物質で、危機に対する「臨戦態勢」をとります。
例えば、いま目の前にサーベルタイガーが現れたとしたらアドレナリンがでて、なんとか対応して生き延びようとします。コルチゾールは、ストレスに対抗して血糖値を上げるだけではなく、脂質・タンパクの代謝や、炎症を抑えたりなど、さまざま役割をもった重要なホルモンになります。
生活リズムが整っている人であれば、早朝に最も多く分泌されて、すっきり起きられるようになります。
どちらも、危機やストレスに対処しやすくするために身体の活動性を高くするはたらきがあります。

ストレスは低すぎても、心身に悪影響を及ぼす

このように、ストレスは危機的な状況、ここ一番の状況で奮い立たせる役割を担っており、必ずしもストレス=悪ではありません。
反対に、仕事に飽きてしまっていたり、簡単なことばかりやりすぎているといった「ストレスが少なすぎる」状態も、実は心身に悪影響を与え、生産性が下がります。こういう状態を「アンダーストレス」と言います。刺激のなさすぎる状態もまたストレス、ということなんですね。
冒頭のハンス・セリエは、「ストレスは『人生のスパイス』であると言っており、適度にあることで最もパフォーマンスが発揮されるものです。
気圧みたいなもので、高すぎても低すぎても動きにくい。要はバランスの問題で、適度なストレス状態を保つのが最も理想的です。

交感神経と副交感神経のバランスも重要

このストレスを適度な“バランス”に留めておく、その精度を上げるために重要なのが、自らの自律神経のモードを意識することです。
もう少し掘り下げると、交感神経と副交感神経のバランスを良好に保つことが重要です。
交感神経は人が活発に活動するための、車のアクセルに相当する役割で、副交感神経は安静時や睡眠時などに体を回復させる、車で言うブレーキに相当する役割です。
これら2つのモードを、環境の変化に合わせてオート運転で自律的に調整してくれるから「自律神経」なのです。

自律神経の働き

人が活発に活動するためにはそもそも交感神経が働く必要がありますが、環境負荷が強すぎると、心身ともに疲労してしまいます。
そのため、身体を休ませるモードである「副交感神経」とのバランスが重要になります。

「プロとして休む技術が必要なんだよ」

私が研修医時代に、尊敬する医師の先生から「安定したパフォーマンスを、何十年も維持する必要があるから、プロとして休む技術が必要なんだよ」と教えられました。
すごく有り難い助言だったなと思いますが、私自身もいまだに休むのが上手だとは言えません。

そもそも「休む」ということは、非常に高度な技術です。
自分の疲労に気づき「休むことが必要だと気づく能力」だけでなく、「自らの状態に合わせた適切な休養行動を選択する能力」も必要ですし、「『休みたい』という希望を他者に伝える能力(勇気)」も必要です。休む力というのは、これらの能力を結集した総合芸術みたいなものです。

その第一歩が「休むことが必要だと気づく能力」ですが、前述のとおり、人はストレスを自覚しづらく、第一歩目にして非常に高度な技術を要します。
その際に、アプリなどのテクノロジーが一助になることもあります。
たとえば、この「隠れストレス負債研究所」の運営元が提供している「ANBAI」は、自律神経の活動量、交感神経と副交感神経のバランスなどを示してくれ、精度の課題などはあるものの、セルフモニタリング等に有効だと思います。

ANBAIは、自律神経の活動を測定することで、本人が自覚できないストレス「隠れテレワ負債」を発見するとともに、コールセンターの離職率74.5%を改善した、東京医科歯科大学講師・志村哲祥先生監修のもと、改善プログラムを提供するセルフコンディショニングアプリです。

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